トコジラミとはどんな害虫?
Q1:トコジラミとナンキンムシ(南京虫)は同じ虫ですか?
A:一般にはナンキンムシ(南京虫)という名称のほうが通りやすいようですが、標準和名はトコジラミですので、正式にはこの名称を使い、「俗称としてナンキンムシという名前が使われることがあります」のように表現するのがよいかと思います。ちなみに英名は bed bug (bedbug)です。熱帯地方に分布し、日本でも港湾地域などに見られるネッタイトコジラミ(標準和名)はタイワントコジラミやネッタイナンキンムシ(俗称)と呼ばれることがあります。
Q2:トコジラミはシラミの仲間ですか?
A:トコジラミには「○○シラミ」という和名が付けられていますが、髪の毛や陰毛、衣服などに住み着いて吸血するアタマジラミやケジラミ、コロモジラミなどとは、分類学上、全く異なるグループに属します。アタマジラミなどは昆虫綱のシラミ目というグループに属する昆虫ですが、トコジラミは、セミ、カメムシ、ウンカ、アブラムシ、アメンボなどと同じカメムシ(半翅)目に属する昆虫です。また、トコジラミは、触れるとカメムシ類と同じようにいやな臭いを発します。
Q3:大きさはどのくらいですか?色や形は?
A:トコジラミの成虫の大きさは 5~8 ㎜で、色は茶褐色、背腹に扁平な体つきをしていますが、体重の何倍もの血液を吸いますので、吸血すると腹部が膨らみ、長さも長くなります。卵は長円形で乳白色、長径は 1.2 ㎜前後です。卵から孵化した直後の幼虫の体長は 1.3 ㎜前後で、成虫をそのまま小さくしたような体型ですが、色は成虫と異なり淡黄色です。成虫でも退化した前翅があるだけで、飛ぶことはできません。
Q4:卵から成虫までの期間や寿命はどのくらいですか?
A:25℃における卵の期間は約 5 日、卵から成虫までの期間は約 40 日ですが、18℃では 125 日、15℃では 237 日かかるという報告があります。トコジラミはゴキブリなどと同じように不完全変態(漸変態)を行う昆虫で、卵→幼虫→成虫と発育し、蛹の時期はありません。幼虫は 5 回の脱皮を経て成虫になります。成虫の寿命は長く、20℃程度では9~18 カ月生存しますが、27℃では 3~4 カ月に短縮します。雌は 1 日当たり 5~6 卵をほぼ毎日産み続け、一生の間の産卵数は 500 個程度にもなります。
Q5:餌は何ですか?
A:トコジラミの栄養源は血液のみですので、雌雄成虫、幼虫共に吸血しなければ生きていかれませんが、とくに成虫は飢餓に強く、吸血ができない状態でも、23℃下では雄が 85 日、雌が 69 日、13℃下では約 1 年、10℃下では 2 年近く生存したとの報告があります。しかし、空腹状態で、人などの吸血源がいれば、生まれたての幼虫から成虫までがいつでも吸血にやってきます。また、幼虫は、脱皮ごとに吸血が必要であると言われています。人以外にも犬や猫、ねずみ、鳥などからも吸血します。
Q6:被害は?病気を媒介しますか?
A:カメムシ目の昆虫のうち、サシガメと呼ばれる仲間の一部には、心臓障害などを引き起こすシャガス病という感染症を媒介する種類が中南米などで知られていますが、幸いトコジラミに関しては感染症の媒介に関する報告はありません。しかし、多量の血液を吸いますので、潰した時などに、その血液を介して肝炎やエイズなどを感染させる可能性があるのではないか、とも言われています。被害の最たるものは痒みでしょう。吸血される際に体内に唾液が注入され、それに対するアレルギー反応により皮疹や痒みが生じます。人の体がこの唾液に感作されてなければ、皮疹や痒みは起こりません。ですから、生まれて初めて刺された場合は、よほど多くの個体に刺されない限り痒みなどは起きません。若い人達など、これまでトコジラミに刺されたことがない人では症状が出ませんので、発見が遅れてしまう可能性もあります。皮疹は最初のうちは刺されて 2~3 日後から現れることが多いのですが、刺される回数が増えてくると、刺されて数時間で痒みなどが起こるようになります。一方で、さらに刺され続けると皮疹や痒みが軽度になることも報告されています。
Q7:刺し口は 2 か所という話を耳にしますが?
A:トコジラミに吸血されると刺し口(皮疹や紅斑)が 2 か所並ぶと言われています。しかし、必ず 2 か所ということではありません。トコジラミは一度に大量の血液を吸うため、吸血時間が 10 分以上に及ぶことも稀ではなく、20 分に及ぶ場合もあります。このため、吸血場所によっては、吸血の間に吸血部位周辺の血液が不足するために刺す場所を変えるのかもしれません。また、袖口や襟元などの布地の上から口吻を伸ばして吸血することが多く、その場合は、人が動くたびに刺し口が変わることになります。夜間の就寝中に刺された場合、袖口や襟元に沿って複数の刺し口がある場合が多く、それらの刺し口は隣接し、直線状に並んでいることが多いようです。トコジラミは、ノミやダニなどと異なり、衣服の内部まで潜ることはほとんどなく、露出部分から吸血することが多いので、肌の露出部分に近接した皮疹が並んでいる場合はトコジラミを疑ってみる必要があるでしょう。しかし、皮疹のみによって何の虫による被害かを特定するのは皮膚科の専門医でも困難で、確定診断には虫体や脱皮殻、シーツなどに付着した血痕などの発見が必要となります。
Q8:刺されると痛いですか?
A:トコジラミの口(口吻)は太く刺されるといかにも痛そうですが、刺されていてもほとんど痛みを感じることはありません。
Q9:いつ頃活動が活発になりますか?
A:他の昆虫と同じように夏を中心に活動が活発になりますが、暖房されていれば冬でも活動しますので、ホテルなどでは 1 年中被害が発生することになります。15℃の温度下でも産卵や孵化までの日数が延び、孵化率は低下しますが増殖可能であることが確認されています。活動時間帯は基本的に夜間です。トコジラミは夜行性の昆虫で、暗くなると這い出してきて呼気に含まれる炭酸ガスなどを頼りに吸血源を探し、吸血活動を行います。
Q10:昼間はどのような場所にいるのですか?
A:暗くて狭い隙間に潜んでいます。畳の隙間や裏側、家具の内部や床との隙間、ベッドマットやマットレスの下、ヘッドボードとマットレスの隙間、ソファーの隙間、壁に掛けた額やカレンダー、鏡の裏側、カーテンの襞や折り返し部分、はがれかけた壁紙の裏側、柱と壁の隙間、コンセントの内部、積み重ねられた段ボールの内部などです。洋室であればベッドの周辺、和室であれば布団を敷く場所の近くに潜んでいることが多いようです。
Q11:簡単に発見できますか?
A:Q10 で紹介したように、昼間は隙間に潜んでいますので、とくに数が少ないうちは発見が難しいですが、数が増えてくると潜み場所の周辺に糞による黒っぽい染みが目立つようになります。夜間は人などの吸血源がいると潜み場所から這い出してきて発見しやすくなりますが、灯りを点けると素早い動きで物陰に隠れてしまいます。各種の調査用トラップが市販されています。
Q12:なぜあちこちに広がるのですか?
A:Q3で翅が退化して飛ぶことはできないことを紹介しました。でもあちこちに広がります。隣室など近い場所には歩行により移動する場合もありますが、多くの場合、バッグやスーツケースなどの荷物に潜んだ個体が運搬されることによる分布拡大です。ホテルなどで交換したリネン類が廊下などに置かれているのを見かけることがありますが、これもトコジラミを他室に広げてしまう原因になります。なお、Q5で紹介したように、飢餓に強いですから、吸血源がない空き家や倉庫などに長期間置かれていた家具でも生き残っている可能性があり、中古家具やレンタル家具などの持ち込みにも注意する必要があります。ガラス面などすべすべした面を上ることはできません。宿泊施設などに泊まる際は、荷物は床面などに置かずに、滑らかな脚が付いた台の上などに置くようにしましょう。人の体に付いたまま運ばれることはないと思いますが、衣類には注意する必要があるでしょう。大量発生している簡易宿泊所での調査では、壁に掛けられた衣類にも多数のトコジラミが潜んでいることが確認されていますので、このような衣類を着用した人が出入りする可能性がある施設などでは注意が必要でしょう。
Q13:殺虫剤は効きますか?
A:一般に使用されている殺虫剤の多くは、トコジラミに対してゴキブリと同程度の殺虫力が期待できると考えられますが、現在日本で問題になっているトコジラミの多くは、特に家庭などでよく使われるピレスロイド剤に対して、この系統の殺虫剤がよく効く(感受性の)トコジラミ集団に比べて 1,000 倍以上の強い抵抗性を示す集団が、さらに、一部の地域から採集された集団では 10,000 倍を優に超えると推定される抵抗性も確認され、日本各地で問題となっている集団の 90%近くがピレスロイド剤に対して抵抗性を示すような遺伝子の変異が認められる、との遺伝子解析結果も報告されています。欧米では以前からピレスロイド剤に対する抵抗性の発達が問題になっていて、これらの抵抗性個体が日本に持ち込まれた可能性が高いと言われています。これらの集団に対するピレスロイド剤の効果はほとんど期待できないことになりますが、これらのピレスロイド剤に抵抗性のトコジラミに対しても、有機リン系やカーバメート系の殺虫剤は感受性集団とほぼ同様な殺虫効力が認められることが報告されています。ただし、有機リン系やカーバメート系薬剤に抵抗性を示す集団も一部で見つかっています。